体験談7

以前住んでいた家の近くに、火曜日と金曜日、新鮮な卵とちょっとした野菜を売りにやって来るおじさんがいました。
その頃、私はちょうど引っ越してきたばかりで知り合いもおらず、生の人間と話すのは夫と生まれたばかりの我が子くらいでしたので、この卵を売りにやってくるおじさんとの会話も、私にとってはとても貴重なものでした。
初めは、挨拶程度でしたが、その内天気の話をするようになり、そこから少しずつ会話が広がっていき、すっかり打ち解けていきました。いつも子供をベビーカーに乗せて連れていたので、子供のことも気に掛けてくれ、さりげなく子供に桃をくれたり、私には卵をおまけしてくれたり、私もすっかりおじさんのファンになっていました。
3年ほど経って、そこから少し離れたところに引越すことになったのですが、時間があるときはなるべく立ち寄るようにしていました。
幼稚園が始まった息子は、時々しか一緒に行くことができなくなりましたが、行くたびに息子も覚えているのか、ニコニコとおじさんと話し、おじさんも鶏を連れてきてくれたり、いつ来るかわからない息子のために、車の中にわざわざ子供用の飴を常備していてくれました。
2年ほど前から、どうも体調が良くないということで、おじさんの替わりに甥っ子がやって来るようになりました。おじさんに似た、愛想のいい人でした。早く元気になるといいですね、春ごろには戻ってこれるといいですね、なんて話をしていましたが、その後おじさんが亡くなった事を人づてに聞きました。
じんわりと悲しみが広がりました。卵を介して知り合ったおじさんを想って涙が出るなんて、今まででは考えられませんでした。深く知り合ったわけではないけれど、おじさんの優しさや温かさをしっかり感じていました。おじさんとはもう会えないけれど、こんなご縁を持てたことを、素敵な人に出会えたことを嬉しく思っています。

体験談6

タクシーの運転手さんのお話です。

 母が入院することになり、ケアマネージャーさんと面談するために介護施設に行かなくてはなりませんでした。

 しかし、介護施設は駅から遠く離れた場所でバスで30分かかると言われました。

 面談の後に母のいる病院へ行かなくてはならず、結構な荷物を抱えていくのでバスでの移動は厳しいので

 タクシーに乗っていくことにしました。

 最寄りの駅からタクシーに乗ると、強面な感じのおじさんでちょっと怖いなと思いながら行き先の施設の名前を告げました。

 走りだしたものの、その施設が分からなかったようでカーナビ検索をし始めました。

 しばらくして路肩に車を止め、再度検索・・・どうやら施設名が出てこない様子。

 おじさんに「ほんとにこの名前であってる?」と言われたのですが

 間違いがなかったので、資料ごとおじさんに渡し確認してもらいました。

 しかめっ面でしばらくそれを眺めて、何かぶつぶつ言いながら再び走りだしました。

 しかし走れど走れど、目的地に着きません。

 約束の時間も迫っていたので不安でしたが、はやる気持ちを抑えておじさんに任せることに。

 走り出して10分位したところ、また車を止めて「この辺なんだけどなぁ」とぶつぶつ。

 地図帳ひっぱりだしたりカーナビをまた見たりあれこれしていると、突然料金メーターを止めました。

 私が驚いていると「本当ならもう着いてなくちゃいけないのに、俺が知らないせいで時間がかかってるんだわ。

 このまま探し続けたらすんごいお金になっちゃうからここで止めるわ」

 と、おじさんが言いました。

 そしてタクシー会社に無線で施設名を言って調べてもらうように手配してくれて、メーターを止めたまま待っている間も探し続けてくれました。

 おじさんとの会話も少しずつ増えて、介護施設に行く理由や母の病状などの話をしました。

 おじさんにも高齢のお母さんがいて、自宅介護で寝たきりということでした。

 打ち解け始めたころタクシー会社から連絡がきて場所が分かりました。

 どうやら資料に書かれている住所は昔の住所で、しかも旧表示になっていて今のカーナビでは登録がなかったようです。

 しかも、施設の名前が印字ミスで1文字かけていたとのことでした。

 ようやく目的地に着いた時「料金メーターは止めたままにしておいたから、この値段でいいよ」と

 40分以上(距離は不明)は走り回っていたのに1000円ちょっとで済みました。

 本当にいいのかな?とまごまごしていると、おじさんが言いました。

 「お母さんのことで色々かかるだろ?これでいいからさっさと行ってこい」

 私はお礼を言って料金を払い、タクシーを降りました。

 ガソリン代とかおじさんの自腹になってしまうだろうに・・・などと考えてたらじーんときてしまいました。

 最初は怖かったけど、とても優しい転手さんに出会えて本当に良かったと思いました。

体験談5


過去に嫌な思いをして断ち切った元知人と、夫とも共通の友人のことです。元知人をきっかけに夢にまで見るくらいに嫌な思いをしていた上、過度の私の言動を真似るという不快な事もあったのですが、共通の友人と再会するまでは『あの子と仲良しだし…会うの気まずいな』と思っていました。ある時、友人と再会して気まずいと思っていたのが嘘のように話に花が咲き、ひたすら喋り通す時間があったのですが、ひょんな話題のきっかけで元知人の事の話になり、さすがに気まずいと思ったので正直に『仲良しだったのも知ってるし、でもまた繋がってこうやって会うのがちょっと気まずいというか…』と打ち明けたところ、その友人はなんと元知人のことを実はほとんどよく思っていないということを聞き、またその人は現在結婚しているのですが、その夫とも揉めて余計にその周りの人が嫌いになったことを私が告げれば、友人は私と私の夫が友達として好きだし、逆にあっちの夫婦は嫌われて破滅するだけだから気にしなくていいという優しく温かい言葉をかけてくれました。その夫婦を知る人達の間では、会う度に常識がないのがよく分かる、常に正当化して悪いことでも謝らない難癖ある2人だから、私達夫婦が関わって傷つくことないと言ってくれて、その後ずっと一緒にいてくれた上に再会したし楽しい話もしたからと言ってプリクラも一緒に撮ってくれたりと、心優しいことばかりしてくれたのが本当に嬉しかったです。また、友人との再会当時は妊娠安定期入ってすぐだったためか、出産祝いになにか贈らせて欲しいとまで言って必死になってくれたので、とてもいい友人を持てた上に出会わせてくれた夫に感謝しています。嬉しいことに、再会当時以上に友人とは仲良くさせてもらっているのでありがたいです。

体験談4


私が最近優しくされて嬉しかったことをまとめてみました。ここ最近というか5月に入ってからあまり調子がよくないというか運がないことが多く色々とナーバスになってたことがあるのですが、そんな時に自分の親が朝そっとお弁当を造ってくれてたのです。自分は朝起きてすぐにこれは寝坊した不味いもういいや今日は会社に連絡して休んでしまおうと思ったのですが、その用意してあったお弁当を見て少し遅刻してでもいいから行こうという気持ちになりました。
 親からの優しい手作りのお弁当にすごい救われた感じがしてとても嬉しかったです。いつも遅くまで残業してご苦労様とか声をかけてくれる母親の笑顔がどこか嬉しくて癒される感じがしています。休みたいけど、仕事嫌だけど頑張ろうって気にさせてもらえるしすごい力になってくれてます。その母親の優しい笑顔を励ましがあってすごく嬉しかったりしますね。ここ最近はどうも10連休があったせいなのか知れないですが5月病が抜けずになかなか気持ちが戻らず苦しい時期が続いていてそれでも仕事はしっかりといかないとならない業務を熟さないとならないで結構しんどい日が多いですが、指名してくれたお客さんの優しい笑顔を見るとすごい嬉しかったりします。その何気ない笑顔がすごく救われますしまだまだ頑張ろうかなって気になれています。いい人はとても親切にしてくれていいのですが嫌味で嫌な人にあたってしまってうとすごい気分が悪いですが、それでも仕事が終わって帰宅して出迎えてくれる母の笑顔と言葉がとてつもなく優しくて嬉しかったりします。いつもありがとうって気持ちにさしてくれる母の笑顔とお客さんの笑顔はまさに嬉しさの塊りだなと思っていますね。

体験談3

大人になるにつれて、人に優しくされる経験は減ってしまうように思います。大人になると、忙しない仕事や、単調な日常生活などの影響で、誰しもが余裕がなくなってしまうものです。そのような状況の中でも、人を気遣って優しくしてくれる人というのは尊敬に値します。
私は最近、大変ありがたいことに、そのような人に会うことが出来ました。
3ヶ月ほど前のことです。当時私は、大型商業施設の雑貨を取り扱う店舗でアルバイトをしていました。働いていた店舗は、そこそこ規模の大きい店舗で、繁忙期ともなれば非常に混み合って、生き馬の目を抜くような忙しさでになります。働いていた当時、あまりの忙しさで、今思うと心身共に少しおかしなことになっていたのだと思います。共に働いていた従業員、ご来店して下さったお客様、ありとあらゆる人が敵なような気がしていて、人と目を合わせることがとても苦痛でした。さらに、謂れのないクレームも重なり、強く人間不信になっていたのを、今でも覚えています。
3ヶ月ほど前のある日、私はお店の外で、商品の売り場を作っていました。そこで、1人のお客様から声を掛けられました。最初は、当時の陰鬱な気持ちと、終わる気配のない仕事のせいで、話しかけられるのがとても億劫でした。それでも、笑顔は作らねば、と思い精一杯の作り笑顔で、お客様に返事をしたのです。私の失礼な作り笑顔も、気にした様子はなくお客様は会話を続けました。
会話の内容は、お手洗いの場所の問い合わせでした。クレームや商品の問い合わせに比べれば、だいぶ楽な内容です。少し安心した私は、一番近いお手洗いの場所を答えました。ありがとう、とおっしゃってお客様はその場を去って行きました。その後すぐに、自分の仕事に戻ったのですが、10分程して、そのお客様が再び戻って来たのです。私は、どうしたんだろう、と思いお客様の方に目を向けました。すると、そのお客様は、私を探していた様子で、こちらに向かって来ます。お客様は、「本当にありがとう。なかなか教えてくれる人がいなくて困っていました。自分の仕事とは関係ないのに、丁寧に教えてくれてとても嬉しかった。それを伝えたくて、戻ってきた。」とおっしゃったのです。わざわざお礼を伝えに来てくれたのか、と驚きました。さらに、お客様は続けます。「以前も立ち寄らせてもらって、あなたが接客してくれた時も気持ちのいい接客で、ずっとお礼がしたかった。また会えてよかった。辛そうな顔をしてるけど、大丈夫?無理せず、頑張ってね。私はあなたのファンです。応援してます。」そういうと、帰っていきました。驚きのあまり言葉が出ませんでした。面倒臭いと思ってしまったことを、とても反省しました。今でも思い返すと、反省したくなります。暗かった気持ちも吹き飛び、幸せな気持ちになったのを強く覚えています。今でも、その優しい言葉は私の宝物です。
また、私自身も誰かを幸せに出来るような、優しい言葉を辛そうにしている誰かに掛けたいと思います。
優しい言葉は、誰かを救えるし、その人を変えることができるんだ、と実感しました。
以上が、私の体験談です。

体験談2

私が今迄生きてきた中で、そう何回も人に優しくされた経験はありませんが、今年忘れられない思い出と共にお伝えしたいと思います。
それは、大学の卒業旅行に私の娘から一緒にヨーロッパ旅行に行って欲しいと頼まれた経験からです。
他にも何人か友人は勿論娘にはいるのですが、高校時代の友人達は、違う大学の子達が多く、同じ大学の友達通しで既にヨーロッパ旅行に行っているそうなのです。母である私も、若い頃友達からヨーロッパ旅行に誘われていたのですが、飛行機に乗って見知らぬ外国に行く勇気が出なくて断っていたのでした。
最初娘と2人きりの旅行には抵抗がありましたが、幸い彼女の高校が外国との交流重視の高校で、韓国への交換留学やアメリカへの交換留学と2度の海外生活体験をしていたのに加え、大学入学後も、アメリカのオレゴン大学への中期留学を経験し、TOEFL 700点前後になったので、大丈夫だろうと確信して2人で旅行を決めました。
主人とも一緒に行きたかったのですが、9泊10日も旅行の為に会社は休めないとの事でしたので、止む無くお留守番をしてもらう事になりました。
最初にイギリスへ行き、ユーロスターという大西洋を海底トンネルで横断してフランスへ行くというルートで計画を立てました。2人共全くヨーロッパ旅行は初めてでしたので、旅行会社にも何度も質問したり、ガイドブックを購入してユーロスターの乗り方やバスや地下鉄の乗り方を一生懸命調べました。
イギリスにしてもフランスにしても地下鉄に乗る際行く先の書いていない鉄道は当たり前なので、何番の地下鉄に乗るか予め自分で確認した上で乗らないと、反対方向へ向かって行ってしまうという事態になります。一々アナウンスで案内などしてくれません。ですからかなり緊張して地下鉄に乗りました。
ユーロスターに初めて乗る時も、駅の階段はあるけれども、エスカレーターはないので、スーツケースは各自持ち上げながら階段を登るしかありません。
娘も私も例外なく頑張って階段を上っていたその時、何と4、5人のイギリス人男性からスーツケースをお持ちいたしましょうと名乗り出て下さって、持って階段を一緒に登って下さいました。
年の若い娘に対しては1人も声を掛けなかった事に対して今でも時々娘から、「ママはズルい!」と言われてしまい困ってしまう反面内心はとても嬉しくてでも本当に恐縮してしまう体験でした。
年齢も20代の若い方から60代位の老紳士迄様々の年代の方から助けて頂き、イギリスの紳士方様様です。
本当にその節は本当に有り難う御座いました。と、この場をお借りして御礼申し上げます。

体験談1

僕は昔ヒッチハイクで沖縄を目指すというバックパッカーみたいなことをした事があります、その時の体験した人の優しさを書いていきます。
まず僕は埼玉県春日部市出身なので始まりはそこからです。ヒッチハイクというものやった事がなかった僕はまず段ボウルに西へとだけ書いて家から一番近い大きな道路で道行く車に見えるように立っていました。
やはり見てくれる人はいるけどなかなか乗せてくれるとゆう人現れません、でも挫けず1時間ほど掲げて立っていると1台の作業者が止まってくれました車の窓が開き中から男性の方が「近くのインターチェンジまでなら乗せてくよ」と言ってくれました、僕はとても嬉しくなり乗せてもらう事にしました。
その男性と車の中でこれからヒッチハイクで沖縄まで目指すんですと話したら凄い応援してくれました、その時僕は絶対に沖縄まで行ってやろうという気持ちになりました。
男性とは連絡先を交換して帰ってきたら飲みに行こうと約束して別れました、そしてインターチェンジで段ボウル持ちながら乗せたくれる人を探していると「名古屋まで乗ってく」と声をかけられました、僕は有難くその方の車に乗せてもらう事にしました車の中で仕事の話や漫画の話、映画の話をしている間にいつのまにか名古屋に到着しました。
その方は長距離運転した後なのに「名古屋を案内してあげるよ」と色々な所を案内してくれました、そして夜になると「お腹すいたでしょ」と名古屋で有名なうどん屋さんに連れて行ってくれました。それだけではなくその日泊まる所まで探しくれてなんて優しい人なんだと泣きたくなりました。
次の日また大きな道で乗せてくれ人を探していると「京都までいいよ」という方の車に乗せてもらい京都に向かう事にその方もとても優しいかたで途中のインターチェンジで飲みもを買ってくれたり凄いお世話になりました。そしてそこからも色々な方にお世話になりながら着実に沖縄に近づいて行きました!
鹿児島について沖縄に向かう船の中で地球はこんなにも優しい人で溢れているのかととても感動し嬉しくなりました。
これが僕の体験した人に優しくされて嬉しかった事です。